ココロを揺さぶられる、ある犬の物語


ロシア・ソチで冬季オリンピックが開催されたころ、たくさんの野犬が捕獲されたり、殺処分されたというニュースがあった。

なぜソチには野犬が多いのか。

ある報道によると、リゾート地であるソチでバカンスを過ごした人たちが、長い休暇が終わって自宅に戻る際にバカンス中に飼っていた犬を遺棄していくからだという。

愛犬家にはにわかに信じられないことだろう。否、犬に限らず、猫でも小鳥でもカメでも、(出会いはどうであれ)しばらく一緒に生活をしたら、その動物たちは“家族”になる。英語であれば人称が“it”から“he”や“she”に変化するはずだ。

その家族をリゾート地に捨ておき、自分たちだけが自宅に帰るということを、いったい家族のだれが決定したのだろうか。その意思決定者は、最初からバカンス期間中だけ飼うつもりで犬を求めたのだろうか…。

さて、絵本『アンジュール』では、冒頭、どのような理由かはわからないが、ある1匹の犬が車の窓から放り出される。犬は走り去る車を必死で追いかけるが、しかし車は小さな点となる。それでも犬は飼い主を追いかけて、果てしない道をさまよい歩く。果たして結末は…。

ネタバレは控えたいが、ハッピーエンドなので、まだ読んだことのない方々は安心して読んで欲しい。

本書の作者は、画家/絵本作家のガブリエル・バンサン(本名:モニク・マルタン)。彼女は1982年、ベルギー・ブリュッセルに生まれた。地元の美術学校で絵画を専攻し、石膏像や裸体デッサンなどにいそしんでいた18歳のころ、日本の水墨画と出会い衝撃を受けたという。卒業後、画家として活動するが、1960年代はインク、木炭、鉛筆などを使ったモノクロの作品が多かったが、やがて水彩画やパステル画を描くようになる。

1980年代になって、ガブリエル・バンサン名義で絵本の制作をはじめるが、『アンジュール』はその処女作である。

一般的に絵本というと「絵」と「文章(ことば)」が一体となったものが多い。しかし、『アンジュール』は、ガブリエル・バンサンのほかの多くの絵本作品と同じく、文章が全くない。色彩もない。鉛筆で描かれた、クロッキー(素描)のような画面が展開するだけだ。

しかし、その極限まで省略された線画は、じつに饒舌である。

車から投げ出され、置き去りにされた1匹の犬が焦り、失望し、途方に暮れるその心情が、鑑賞者にストレートに伝わってくる。そして結末に強くココロを揺さぶられるのだ。

ところで『アンジュール ── ある犬の物語』という邦題を見て、この物語の主人公である犬の名前が“アンジュール”なのかと思う読者も少なくないだろう。

しかし、本書の原題(仏語)は『Un jour, un chier』。英訳すると『A day, a dog』であるから、直訳すれば『ある日、ある犬』とでもなろうか。つまり、ある日、ある犬に起こった出来事(物語)ということだろう。これに『アンジュール』という邦題をつけた日本の編集者も秀逸だ。(H)

『アンジュール ─ ある犬の物語』
ガブリエル・バンサン/ブックローン出版

※写真は下記サイトからの引用
モニク・マルタン財団(仏語)
http://www.fondation-monique-martin.be/

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